手にした札によって、クラス内での自分の階級が決まる「カーストゲーム」。
絶対君主・梓をどん底に突き落としたのは、懐柔していたつもりのかつての取り巻き・刈野だった……。
羨望・嫉妬・欲望渦巻く格差学級で繰り広げられる愛憎劇を描いた「カーストヘヴン」の完結巻が2021年10月8日に発売。累計100万部を超えた衝撃作について、完結した今だから言えることを緒川千世先生にインタビューしました。
前 編
――以前からハッピーエンドだよとSNSなどでおっしゃられていましたが、7巻読了時点ではまだまだ「この展開で本当にハッピーエンドに辿り着くんだろうか」と思ってらっしゃる読者さんがいらっしゃいましたね。
緒川先生)
最初からずっとハッピーエンドを見据えて描いていたのですがあまり信じてもらえてなかったですね(笑)。私は基本的に王道が好きなので、王道な感じで描いていたのですが。
――8巻まで通して読ませていただくと、王道だというのが良くわかります。エノも含め、登場人物が誰一人として闇落ちせず、きちんと社会復帰もしていて、まごうことなき“スーパーミラクルハッピーエンド”でしたね。
緒川先生)
闇落ちは連載作品の終わり方としてはあまり考えないです。短編ならともかく、結末がわからないまま読んで最後に闇落ちするのはあまりにも悲しいので、きちんとした答えを出すつもりでした。
――カーストヘヴンを作り初められた時から、ハッピーエンドというか、正しい王道のゴールを描くという目標があったということですか?
緒川先生)
そうですね。ただ2巻か3巻で終わっていたら「俺たちの戦いはこれからだ!」という終わり方になっていたと思います。
――ゴールとして「このシーンが描きたい!」というのはありましたか?
緒川先生)
梓がキングのカードを燃やすというのは、早い段階から描きたいと考えていました。カーストゲームからの卒業がゴールと1話目で決めていて、その卒業を絵で表すときに、梓が自分からキングを捨てる――そういう絵を描こうと。
――周りから影響を受けて変わるという姿を描くことがゴールだったんでしょうか
緒川先生)
今思えばそうですね。最初と最後は決まっていましたが、真ん中は全く決まっていなくて、あつむと梓が友達のような雰囲気になるところは成り行きでした。梓は刈野との交流の中で変化すると決めてスタートしましたが、あつむや色んな人たちと交流して……というのは初めは考えていませんでした。
――作品を作っていたら自然とこうなっていったんですね。お話を進めていく過程でキャラクターが仲良くなりたいと言いだしてきたという感じでしょうか?
緒川先生)
そうですね、せっかくこれだけキャラクターがいるからたくさん交流させたいな。そのほうが萌えるなと思いました。
――カーストヘヴンの一番の萌えはどこでしょうか?
緒川先生)
いがみ合いつつも惹かれていくところでしょうか。以前にも言いましたが、ヤンキーものや抗争もののライバル関係が好きなんです。敵対関係だけど惹かれ合うというのは萌えますし、作品としても動かしやすいので、ついついそういう感じになりますね。ケンカップル最高です。
――緒川先生にとって、ハッピーエンドとはどう定義されているんでしょうか?
緒川先生)
ハッピーエンドは「生きてこそ」ですね。生きてさえいれば、たとえ一回別れてもまた会えて恋が始まるかもしれない。なのでとりあえず生きて終わると。
担当編集)
いじめとか悲しい目に遭っていると、どうせ自分なんかって、社会から消えることを選びそうな展開も起こり得そうに思うかもしれませんが、カーストヘヴンのキャラクターはみんな最終的には逞しい。どうにかして生存していく!という感じがあるところがすごく好きです。
緒川先生)
作中には描いていないだけで、辛い思いをしている人も、友達や恋人や家族みたいなその人を救ってくれるような人がいたらいいなと思って描いています。
――誰にでもそういう救ってくれる人がいるからこそ、死に向かわない世界なんですね
緒川先生)
そうです。例えば同じカーストでグループを組んで、ちょっと辛さを共有したりしてギリギリのところで救われる世界だといいですね。設定やあらすじを皆さんが読んで思うほど辛い世界ではない。やっぱりみんな愛があってこその、というお話なので。
担当編集)
カーストヘヴンがハッピーエンドだなと思えるのは、自己が確立してない未熟だった登場人物が全員大人への階段を上って、自分の足で立てるようになったところだと思うんです。本当の自分を見つけて、自分の足で歩いて、その上でありのままの自分を自分で承認して、アイデンティティを確立した上で恋をしている。ハッピーエンドってこういうことだと思います。エノもラストに1コマだけ出てくるんですが、グッときますね。人生を取り返そうとしている人たちの手伝いをしたいって、ものすごい成長だなと思いました。
緒川先生)
カーストヘヴンは刈野と梓の話なので、エノと神楽にどこまでページを割くかは悩みましたが、彼らもこの10年の間で色々と反省して前を向いているんだよっていうのを少し描いておきたいと思いました。ご都合主義なんですけど、そこはご都合主義でいいかな。
――エッチシーンが1冊の中に最低でも3回くらい、多いと1話に1回は入っていますね?
担当編集)
こちらから入れてほしいとお願いしたことはないですが、入れてくださってますね。
緒川先生)
コミックス1冊に1回はセックスシーンが入るようにと考えて描いていました。サービスというか、その方がいいだろうなと。とはいえ、7巻では苦心して半ば義務のような気持ちで入れました。しんどい展開でしたし。
――気軽にエッチをするような距離感ではなかったですよね。自覚がある分だけ気軽にはやれない関係という感じがしました。
緒川先生)
確かにカーストヘヴンはセックスしながらお互いの絆を深めたという部分はあります。特に梓と刈野は素直じゃない、言葉にしない人たちなので、コミュニケーションの手段の一つとしてセックスで距離感を縮めていきましたね。
――エッチがハードだったのは関係性がケンカップルだったからなんでしょうか。
緒川先生)
同じものを描いていると飽きてくるし、カーストヘヴンはずっと制服で場所も学校の中なので、バリエーションが欲しくてハードなシチュエーションやプレイを描いていました。町家で浴衣でエッチするというシーンは純粋に描きたかったので描きました。
――担当さんからこうしてくれと頼んだことはないんですか?
担当編集)
ないです。なので、刈野と梓の気持ちが通じ合っていない、主従SMっぽいところからスタートしたからこそ、8巻の屋上でありのままの2人でエッチをするというシーンが生きたなと思いました。出だしがハードだっただけに、最後にいくにつれピュアラブになるというか、プレイじゃなくなってどんどんやわらかくなっていく。そして最後に8巻アニメイト限定セットの小冊子で愛がほとばしりましたね。初めてのデートというか、初恋同士みたいな感じが最高にときめきました。大半のBLとは逆行する流れなのがすごく好きです。
――先生はそれを意識されていましたか?
緒川先生)
そこまで意識はしていませんでしたが、このカップルはセックスをするよりも手を繋ぐほうがハードルが高いだろうなとは思っていました。
――カーストへヴンは成長譚なんでしょうか?
担当編集)
アイデンティティがどんどん確立されていく漫画だ、という印象はありました。
最初からキャラクターはしっかりできていましたが、どちらかというと設定が強い作品でした。当初、設定の斬新さで売り出していたところが、徐々にキャラクターの内面に移行していった気がします。進むにつれ、先生のキャラクター描写がどんどん深くなってきて、印象的なセリフもたくさん出てきましたよね。
緒川先生)
そうですね、少しずつキャラクターをわかっていった感じはあります。
担当編集)
こんなセリフをよく思いつくな。すごいなと思うことがたくさんあります。
――説明的ではないところが素晴らしいですよね。色んな含蓄があるなと感じるのですが、そういうセリフはどういうきっかけで生まれるのでしょうか?
緒川先生)
めっちゃ考えて絞り出しています(笑)
担当編集)
緒川先生はすごい努力家…! でも本当にこのモノローグがすごいんですよ。「点と点で交わるその度、決して解けない結び目をこれからも結んでいくから」なんて、刈野と梓の関係性にこれ以上的確な言葉はないと思いました。
緒川先生)
これは6巻26話の冒頭とリンクしています。この1ページ目はネームの段階では無かったのですが、打合せで1ページ目に26話のテーマとなるモノローグを入れたほうがいいとなって、その時に真っ黒な中にひもが絡み合っているイメージが沸いて、どうせなら最後にも持ってこようと思いました。
担当編集)
あの扉の比喩がここにかかっているのか。最終話で回収してくるのかって本当に驚きますよね。10年後に久世とあつむが2人で同棲しているのは納得できると思うんですけど、刈野と梓はケンカップルなので、久世とあつむみたいにいつも一緒にいて、同棲しているわけではない。点と点ではなく線や面で接触面多く融合して常に同じ方向に進んでいたら、この10年でどうなった!? ってなりますよね。二人それぞれに進む全然別の道があって、追いかける方と追いかけられる方という関係性があるから点で交わる。二人の関係性ならではの職業チョイスだと思いました。ずっと一緒なわけではない。でも交わる。この距離感が絶妙だなと。
緒川先生)
梓と刈野は、高校を卒業してからもずっとケンカップルでいてほしい。追う方と追われる方という関係でいてほしくて、梓を新聞記者にしました。
担当編集)
職業選択にキャラクターの価値観がよく出ていますよね。この人ならではな説得力があります。これまでのエピソードが活きています。
――BL作品では珍しく、女の子たちも人気がありましたね
担当編集)
BL作品だと女の子の描写はなくても…と言われがちですが、カーストヘヴンではなかったですね。ストーリー都合で動いていない女の子たちでしたし、皆自立して大人になっていって。京子ちゃんは、八鳥とゆかりちゃんの件で傷つくこともありましたが、強くてしなやかでチャーミングな女性に成長していきました。京子、加奈子、由美の3人が仲良くなって10年後もやり取りしているところもグッとくるポイントですね。女の子には女の子の世界があって戦いがあった。そして大人になっていった。ちゃんと全員が成長していく――非常にメッセージ性がある作品だと思います。
――どういう風に成長していくかは決まっていたのでしょうか
緒川先生)
梓は怒りが原動力のキャラクターですが、怒り以外の「優しさ」「他人を受け入れること」を覚えさせようとしました。人間的にそうなったほうがいいでしょう(笑) カーストヘヴンには許すとか、寛容になるとか、人は間違えるけどやり直せるとみたいなテーマも入れようと。
――それは最初に決められていたんでしょうか
緒川先生)
だんだん世間が不寛容になってきていますが、一回失敗したらもうダメというような社会はしんどいし、やり直せる世界を描こうかなと。学生は未熟なのがまだ許されるので、学生ものとしても合っているテーマだと思いました。
――10年後のキャラクターたちは、成長してイイ女・イイ男になっているのでモテるんじゃないでしょうか。
緒川先生)
刈野は外面がいいのでモテそうですが、梓はぶっきらぼうなので怖いと思われるんじゃないかな。
担当編集)
梓は職場でうまくやっている感じがしました。先輩や編集長との関係がよさそうで、いい仕事に就いたのではと。久世は高校の時のイメージのまま大人になっていった感じがしますね。
緒川先生)
久世は大人になってもあつむ中心ですね。一番早く成長したのはあつむでした。
――完結した今なら、始めから終わりまで一気に読めるので、キャラクター達の成長やだんだんピュアになっていく関係性などを楽しんでもらいたいですね。
――カーストヘヴン連載中の印象的な思い出はありますか?
緒川先生)
カーストヘヴンの初期のお話なんですが、当時はすべてを説明しなきゃって思ってたんです。でも担当さんにネームを見せるとそういう部分を削られることがよくあって。その時に「BLの読者さんは漫画を読み慣れた人が多いから、すべてを説明しようとしなくてもちゃんとわかってくれる。だから全部説明しなくていい」と言われたのを覚えています。カーストヘヴンは設定的にもきわどいですし、無理やりもある。でもBLの読者さんなら、その線引きとかも理解してもらえると信じて描きました。これからも「読者さんを信じる」ということは忘れてはいけないなと思います。
――伝わっているなと感じますか?
緒川先生)
そうですね。10代の読者さんも多くて、初商業BLがカーストヘヴンだという方もたくさんいらっしゃって「読み始めたときは学生で、彼らと一緒に7年半かかって大人になった」という感想をいただいた時には、私たち大人が抱くよりも、もっとエモーショナルなものを感じて読んでくださったのかなとじーんとしました。
――カーストヘヴンを描く上で苦労などはありましたか?
緒川先生)
キャラクターがたくさん登場するので、時系列が重なるエピソードの整合性を考えるのがとても大変でした。特にラスト2話分は、全てのカーストのキャラを登場させつつ関わらせたいと考えたせいで本当にきつかったです。頭がパンクしました(笑)
――読者としては終わりに向かっている感じがとてもドキドキする展開でした
緒川先生)
他に苦労した点としては、1話はネームをまるまる描き直したので時間がなくて大変でした。7巻くらいからはネームにすごく時間がかかるようになりました。後回しにしてしまったことがたくさんあって回収するのが難しかったです。エノ関連のことだったり、カーストゲームの崩壊や刈野のキングからの転落とはどうするかとか――ぼんやりとしたビジョンしかないところに具体性を持たせるのにすごく悩みました。
――その転落の理由として、エノが生まれたんでしょうか
緒川先生)
カーストゲームの役職全員を出すというのは当初から考えていて、せっかくだからまだ出ていない役職の人を引っ搔き回す役にしようと考えてエノを出しました。
担当編集)
プロット段階で見せてくださる展開案には「Aさん視点ではこのようなエピソード描写だが、のちに描写されるBさん視点では、裏で起こっていた出来事が明るみになる」というようなこともしっかりまとめられているんですよ。
緒川先生)
私は1巻分のプロットをまとめて考えるのですが、1枚のシートにした方が情報を整理できるタイプなので、各々のキャラクターの動きや時系列がわかるものを図にして考えていました。最初はテキストだったプロットが途中から画像になりました。担当さんは見づらいかなと思ったんですけど、こうしないと把握しにくくて。
担当編集)
群像劇にはぴったりなやり方でしたね。
――個性豊かな脇役たちはどういう風に生まれたんでしょうか
緒川先生)
例えばX-BLの『メス堕ちBL』の時は、テーマに沿うことを念頭にキャラクターのカーストや性格を作りました。
担当編集)
中臣と秋尾ですね。この時すでにカーストゲームの実行委員であると決められていましたよね。
緒川先生)
はい。秋尾がカードをたくさん探し出せるのは、実行委員としてカードを置きなれているからという理由です。でもこの設定は私の頭の中だけで終わるかもしれなかったので、短編はこれだけで読めるようにしました。中臣は短編の最後で実行委員になった設定です。実行委員はスカウト制です。
――考えていたけれど出さなかった設定はありますか?
緒川先生)
仙崎とエノが同じ中学という設定がありました。他には、梓のお母さんの10年後とか。お母さんは水商売から足を洗ってお弁当屋さんで働いていて、誠実な彼氏もいる。もしかしたらそのお弁当屋さんには刈野がたまに客としてお弁当を買いに来ているかもしれません。あと部活動ですね。あつむが美術部かなにか……文化祭で展示などをする、文化系の部活に入っているという設定は考えた気がします。他に、梓のバイトネタも何度か入れようとしたんですが入りませんでした。
――確かにバイトはしていそうですよね。
緒川先生)
大昇と梓が初めて夜に会うシーンは、最初は梓がコンビニの深夜アルバイト中に、お客さんに絡まれたところを大昇が助ける、という流れを考えていました。でもスケートボードネタの方が映えるなと思ってそっち路線で行ったらバイトネタが通らなかった。長い夏休みには引っ越し屋のアルバイトをしていて、そこで刈野と出会う……というネタもありましたが、出す機会がありませんでした。
後 編
――カーストヘヴンを描こうと思われたきっかけはなんだったのでしょうか
緒川先生)
当時スクールカーストが話題になっていたことと、ちょうど流行っていたデスゲーム系の学園ものをBLでやりたいというのがきっかけです。でもBLでデスはちょっとなと思って人が死なないゲームにしました。このカーストゲームは、コメディでもシリアスでも行ける設定だと思っていました。
――例えばコメディだとどんな展開になりますか?
緒川先生)
「かーちゅとへゔん」(「緒川千世ファンブック ―flow―」収録)の「スラッカー(バカ)がギーク(オタク)と恋人になってアニメコスプレエッチ」「さらにスラッカーがギークになってどうなっちゃうの!?」みたいなあほエロコメディでもいけそうでした。でもネームの段階でタテのカーストにすることになりました。
――キャラクターよりも設定を先に考えて作品を作られることが多いのでしょうか
緒川先生)
長期連載が初めてで、描き方がわからなくて難しかったです。初めに設定を考えて、それから設定が一番活きるキャラクターを考えました。キャラクターは激しい方がわかりやすいし、その方が動かせるな、と手探りで考えていきました。
――キャラクタービジュアルはどのように作り上げていきましたか
緒川先生)
あてはめられたカーストに合わせて変化する様子を分かりやすく表現するために際立たせました。
担当編集)
1話を読んだだけだと「カードを拾ったからって、割り当てられた役をまじめにこなさず適当にやればいいのでは」と思われるかもしれません。集団圧力で皆やらざるを得なくて、何故か否やが言えない空気になっている……というのが後々描かれています。その前提のもとカーストに合わせたビジュアルに変化するので、キャラクタービジュアルは説得力のあるものになっていたと思います。
緒川先生)
誰かに言われて従うより、誰が言い始めたかわからないのに対応せざるを得ない空気のほうが重いなと思って。登場人数が多いのもありキャラクターの書き分けは意識しました。巽と仙崎はホクロ、ピアス、刺青とアイテムが多いので作画が大変でした。
――カーストヘヴンというタイトルはどのようにして決まったんですか?
緒川先生)
あまり意味はないです。ちょうど「車売るならカー●ブン」というCMが流れていて、そこから「カーストヘヴン」というタイトルを思いつきました。
担当編集)
衝撃的ないきさつです。
緒川先生)
タイトルは考えに考え抜くよりも、ポッと出たほうがバシっとくることがあります。連載ものならタイトルは短いほうがいい。文法的には間違っているけど語感でつけました。
担当編集)
緒川先生のつけられるタイトルは覚えやすいです。タイトルと作品がドンピシャで合っていて、思い出しやすいです。リズムがある感じがしますよね。
緒川先生)
カーストヘヴンはなかなかぴったりのタイトルをつけられたなと思います。
――最後まで描かれてみて、どこに一番思い入れがおありになりますでしょうか
緒川先生)
思い入れがあるシーンは、やっぱり5巻最後の河川敷でのキスのシーンですね。
担当編集)
読者さんからも人気の名シーンです。
――先生は京都のご出身ではないんですか?
緒川先生)
違います。京都取材には行ったんですが鴨川には行っていなくて、鴨川のシーンのヒントを下さったのが担当さんでした。
担当編集)
京都の実家に帰省した際に鴨川の写真を撮って、先生にお渡ししました。でも抹茶パフェを食べたり、伏見稲荷に行っているシーンなど他全部緒川先生がご自身で取材されました。
緒川先生)
その頃コラボカフェのお話をいただいて、作中では抹茶豆乳くらいしか食べ物を出していなくて、食がたりなくて……。カフェで作りやすいものを出すという裏の事情で、抹茶パフェやたまごサンドを描きました(笑)
――作中で飲食のシーンが多くないのには理由があったんでしょうか?
緒川先生)
ご飯は生活感が出るので、外の世界を感じさせます。カーストヘヴンは学園内での閉鎖的な感じを出したくてあまり描いていませんでした。なので実は修学旅行エピソードも考えていなかったのですが、担当さんが見たいとおっしゃって、5巻で初めて外の世界の二人を描きました。
――担当さんはなぜ修学旅行を描いてほしいと思ったんですか?
担当編集)
人間関係が進んできたので修学旅行でいつもの学校内の感じと違うシーンや、文化祭や体育祭などの学校行事的なものも見たかったんです。5巻はとても人気がありましたが、1〜4巻が学校内に絞って閉鎖的な空間でエピソードを重ねてきたからこその効果もあったと思います。修学旅行編の最後のキスシーンは、大好きなシーンです! と感想を寄せてくださる方が多かったですね。
――5巻で刈野と梓の関係を進めるのは決めていたということでしたが
緒川先生)
決めていましたが思いのほか進みました。朝に鴨川に行かせるのも、梓の笑顔も、キスシーンもネームの時の流れで入れました。一応道筋は立てていますが、ディテールを考えるのはその場その場でやっています。その時の気持ちの盛り上がりを大事に描くようにしています。
――色んなコスプレも描かれていますね
緒川先生)
制服だけだと描いていて飽きてしまうので、別のものも描きました。
――他に、こういう服が描きたかったなというのはありますか?
緒川先生)
正装というかスーツです。コラボカフェでは描きましたが、本編では描けなかったので。7・8巻で、刈野がキングから降ろされるときに何かイベントがあったら良いよねと担当さんと話していて。アメリカでプロムという、卒業生のためのダンスパーティがあるじゃないですか。そこで正装して、というのも考えましたが日本の高校の空気感と離れすぎていてやめました。でもペアになって踊るとか、誘うとか、今思うとそういう華やかなものや、きらびやかな衣装を描くのもありだったかもしれないですね。
――一番好きなキャラクターは誰ですか?
緒川先生)
梓はとても動かしやすいですし、何より愛着があります。「よく頑張ったね」と労ってあげたいです。でも生みの親がキャラクターに順番をつけるのはかわいそうだと思ってしまうのでこの質問の答えにはいつも困ります。
――こういうキャラが萌える! 好み! というのはありますか
緒川先生)
仙崎ですね。頭のネジが外れている系のキャラクターは好みですが、描くのはコントロールが非常に難しかったです。
――巽と仙崎は途中までどうなるかわからなかったカップルだと思うのですが
緒川先生)
そうですね。最後まで悩みましたが、どうしても一緒にはいられない2人だなと思いました。巽と仙崎が一緒になるとすると、どちらかの人格を否定することになる。巽が今の生活を捨て仙崎についていくというのは、巽がそれまで頑張ってきた18年間も否定するような気がして、それは避けたかった。お互いの場所で頑張って、お互いの上り詰めた場所で出会うのが良いなと思いました。
――この2人は成長して変わる、というビジョンはあまりなかったですか?
緒川先生)
仙崎はあまり変わらないかな。でも巽は、変われない部分もあったけれど、けっこう変わった部分もあると思います。刈野と巽は兄弟の確執が解消していますし。刈野も巽も、お互いに変わりましたね。
――京子ちゃんに恋人はできますか?
緒川先生)
どうでしょう。京子は八鳥に告白してますけど、別に八鳥が好きだったわけじゃありません。ハイカーストは誰かと付き合わなきゃいけない空気があって、八鳥が自分に1番興味なさそうだったから告白しただけなんです。そこまで恋愛に興味がある子ではないですが、とても良い子だし、あの自由な感じを受け止められる子がいればお付き合いしているかもしれません。ポジション的に大昇と京子がくっつくのも流れとしてはありだけども、女友達との友情がブレるのでそこは考えませんでした。
――京子ちゃんは今は何をしているんでしょうか
緒川先生)
ネームにはフラフラしていると書いてありました。10年後もフラフラしてるって(笑)
――あのコーナーにはどういうふうなネタを仕込まれていたんですか?
緒川先生)
あれは本当にコーナー名の通りです。コース料理でもデザートが最後に出てくるじゃないですか。それでちょっとお口直ししてもらおうという感じです。四川麻婆を食べさせてゴメンね……ココナッツアイスでもどうぞ……!みたいな。そのくらいの感覚です。
――真顔で踊っていたり、毎回可愛かったですね。
緒川先生)
巻が進むにつれネタが尽きてきました。ちょうどラグビーのワールドカップが開催されていたのでオールブラックスのハカを描いたりしましたね。
――本編には絶対ないifな世界を考えたことはありますか?
緒川先生)
それっぽいものは1度プロットを出したことがあります。修学旅行編で、ページが余るかもと思って、梓が頭をぶつけて前世の記憶がよみがえる、実はこの町家で梓と刈野の悲恋があって……という追憶編のような内容ですね。でも担当さんがそれはいらないって言ってなくなりました(笑)
――ご自身で2次パロディなどを考えたりされますか?
緒川先生)
パロディは描いたことがなくて。思いついたら描いていたかもしれないけど、思いついてないので描いていないです。
――それは緒川先生作品以外の漫画やアニメでもないですか?
緒川先生)
原作以上のものは作れないというか、これで充分だと思ってしまってそこから先にいけないです。それにifを描くのならば新しいキャラクターを作って新しいお話を描くような気がします。
――イメージが早い段階で決まっていたと過去のインタビューでお答えいただいていましたが、いつ頃決められていたのでしょうか?
緒川先生)
5巻のカバーイラストを描くときには考えていました。5巻は校舎の外、空が近い屋上で、これまでの2人より対等な感じにしようと。それが5巻のカバーイラストで、最後の巻は2人がアップで抱き合って笑っているもので終わろうと考えていました。
――3巻くらいからお話のゴールが見え始めている感じがしますね
担当編集)
そうですね。先生はかなり早い段階で梓は3年生にはしないと決められていました。2年生でカーストゲームを終わらせて、巽達3年生が卒業式を迎えるところでエンドだと。
緒川先生)
学年が上がるとすべてがリセットされるような気がして、もう一度1から積み上げるのは無理だと思いました。部活動やバイトなどのカーストの外のお話を描くこともできたかもしれませんが、結果的には描かなくて良かったと思います。
担当編集)
私もそう思いました。特に前半は、閉塞感――所属しているこの世界が全てみたいな切迫詰まった気持ちで皆がカーストを演じなきゃいけない。そんな時に、他にも世界があって学校だけが世界の全てではないという雰囲気を出してしまうと、閉塞感にリアリティーがなくなってしまう。なので、最初のうちは学校内だけにいさせるという先生の演出が見事だと思いました。ずっと学校内で閉塞感があったからこそ、7巻の夜の公園で大昇が「世界は広いで」と言うシーンが印象的でした。
緒川先生)
舞台を男子校や寮にすることも考えましたが、今の価値観・空気感で描きたかったので共学にしました。その代わり閉塞感が薄らいでしまうので、そこはすごく考えました。学生にとっては学校のウエイトがすごく重いので、学校内の出来事や人間関係がすべてだと感じてしまうことがありますよね。外の世界から、大人から見たらそんなことはないんですけど、中の人は中の世界しかないと思っている。そして、外の世界もあると気づくところまで描きたいと思いました。
――中学生・高校生で読んだら救われる人がいると思います。
緒川先生)
そんな大層なものではないですが、今日はちょっと疲れたな、でもこの本読んで良かったな、と思ってもらえるものになれたら良いなと思います。なので、いじめの描写はきつい暴力をそこまで描かないようにしていました。
――どちらかというと執着という名の性描写に置き換えられていますよね。
緒川先生)
そうですね。性的いじめと言えばいじめですが、痛めつける以外の意味も持たせるようにしました。とはいえ、あれが成立するのは梓という肉体的にも精神的にもタフなキャラがあってこそだと思います。カーストヘヴンはBLという土壌だから描けた話ですね。
――次回作についてはもう考えられているのでしょうか?
緒川先生)
これからですね。漫画を取り巻く環境も10年でだいぶ変わりましたし、今は色々インプットしつつ外枠を考えている段階です。
――これまでとは全く違う、新しいものにチャレンジされたいというお考えがあるのでしょうか?
緒川先生)
そうですね。挑戦はし続けていきたいです。色々考えてはいますが、だいぶ体力がなくなってきたのでペースは考えます。
担当編集)
やっぱり健康が大事ですよね。
緒川先生)
健康なんて無限にあるものだと思っていましたが、最近になって健康というのは頑張って維持するもの、頑張らないと維持できないものと気付きました。できればまだ頑張れるうちに、2本くらい連載したいですね。そのくらいのペースで描かないと描きたいものが描き終わらなさそうです。
――描きたいものがすでにいくつかおありなんですね
緒川先生)
まだ具体的ではないですが、こういうものが描きたいというのはたくさんあります。どれも描けるし描きたい。どれから描こうかな? という状態です。
――最後に一言お願いします
緒川先生)
最後までついてきてくれてありがとうございました。至らない部分もたくさんあったかもしれないですが、それでもついてきて下さってありがとうございます。みんなも元気でいてね。